【短期集中連載】創価学会「支部長」オグラ、公明支援やめるってよ -09- 〜オグラ処分の懇談で冷たく言い渡されたこと〜

大事なことを書いてなかったので、あらためて書き残しておきますね。

12/7のオグラ処分の「懇談」で、結局、何を言われたかというと、船橋と北総全体の責任者の男がいうには、今回の件で、さんざん上のほうで協議を重ねました。で、いろんな意見があったけど、いままでのこともあるので、とりあえず支部長は外れていただいて、あらたに副役職を授けましょう、と。

言葉には出さなかったけど「除名処分」みたいな意見もあったと匂わせる言い方で。

まあそれはどうでもいいんだけど。

で、その副役職を受けるのに「幹部カード」というのを書けと。うゎ、めんど、と思って、結局は断っちゃったんだけどね。

幹部カードを記入するのが面倒くさいというのももちろん理由としては大きかったんだけど、それだけじゃない。

ぶっちゃけ僕は創価学会の役職なんて、どうでもいいというか、なんでもいいと思っている。自分が与えられた立場で、先生からお預かりしたメンバーの方々とともに仏法を学び、ともどもに幸せになっていければいいと。いままでもずっとそうやって活動してきたし。

新たに副役職を与えられて、いったい何をさせてもらえるのかな、と思って、でもまた選挙が始まりますよね、って尋ねた。2022年の夏に3年にいっぺんの参院選があるからね。

そしたら横に座ってた地元の責任者の男が例の薄ら笑いを浮かべ、そうなんだよ、と。

要するに、年明けから参院選に向けての戦いが始まるから、引き続き、お前は何もするな、と。

それを聞いて、耳を疑った。え? 地元の座談会にも参加したらダメなんですか、って聞いたらダメだと。

その理由が振るってる。お前は地元に方々みんなに嫌われている。とくに女性部の方々は、オグラは怖い、顔も見たくないと言ってる、と。

まあ、信心の活動に熱心になるあまり、こっちも熱くなって激論を交わしたりすることもあったし、たしかに言い過ぎたということもないことはない。ぶっちゃけあたしは独り身なので、結婚して奥さんがいる男性たちに比べてずっと、女性とのコミュニケーションが死ぬほど苦手だというのは事実だと思う。

でも、行き詰まったときは、ほぼ例外なく、目の前に座ってオグラを断罪してる地元の責任者の男に何から何まで相談してたんだけどね。笑

どう考えても仏法的には、学会指導に照らし合わせると、こちらの言い分のほうが正しい、ということでも、いやー、女性部は叱っちゃいけないって先生もおっしゃっているし、と丸め込まれておしまい。なにひとつ仏法的な正しさがどちらにあるのかジャッジを下されぬまま、凡夫の双方に遺恨だけが残るというね。

まあ、それもいいや。もう過ぎたことだし。

僕のことを思ってくれてのことなのか、それとも組織としての体裁なのか、船橋と北総全体の責任者の男は、提示した副役職を僕に受けることを強く勧めてくるわけで。

けど、創価学会の世界では、役職は名誉職じゃなく責任職だと言われてるわけで。

なにもやることもなく、地元の座談会にも出るなと言われて、バカみたいに副役職を受けてもしょうがないんじゃね?と僕は判断した。

船橋と北総全体の責任者の男は、オグラさん、わかんないじゃないですか、どこかの地区から座談会に幹部として呼ばれるかもしれないし、みたいなことをいう。

冗談は顔だけにしてくれよ。どうして地元の座談会に参加NGと申し渡されている人間に他の組織から座談会のお誘いがある? 自分で言ってておかしいと思わないんだろうか。

僕はコロナの前まで、壮年部の会館警備の任務、王城会というのを熱心にやっていた。支部の壮年メンバーに声をかけて、ひとりずつ着任できるメンバーを増やし。コロナが明けつつあるので、そろそろ王城会の任務が再開する、という話は、別の組織の仲間から聞いていた。

けど、そんな話も出ず。要するに創価学会の幹部でありながら公明党支援を拒否するオグラは組織においては要注意人物、危険人物であり、活動に参加させることはいっさいまかりならぬ、ということなわけだ。そうね、たとえていえば、未知の伝染病に罹患した、ヤバいヤツって感じ? いや、冗談に聞こえるかもしれないけど、まさにそういう感じ。

それほど、創価学会=公明党支援、なのですよ。

別のエントリーに向けて、ちょろっと書いておくけど、でもさ、創価学会が全力で支援しているからって、公明党の打ち出す政策がすべて正しい、とは限らないよね。世の中にはいろんな立場の人がいるし、仏法を基調とした公明党が、大きなベクトルとしては師匠・池田先生の言われる平和主義、人間主義、文化主義に向かっているとしても、具体的な政策すべてに諸手を挙げて賛成できるかっているのは別次元の話だよね。

あたしはずっと前から言ってるんだけど、公明党の政策決定の過程とかも、完全にブラックボックスだよね。公明党が創立された50年前なら、それでもいいのかもしれないけど、もう21世紀に入って20年も経ってるし、インターネットとか、SNSとか、世界の民主化の流れとか、いつまでも50年前のブラックボックスじゃあ、さすがにまずいと思うわけ。

説明責任ってヤツね。前にも書いたけど、日本全国の創価学会員に、公明党支持者に、同じ給食を毎日毎日食わせるのかって話。効率はいいかもしれないけど、飽きるし、いろんな意見を反映してバリエーションに富んだ対応が、やろうと思えば十分に可能だと思うわけですよ。

それを完全に放棄してる。時代に合ってない。だから僕は口を酸っぱくして、公明党こそ民主化せよ、っていってる。

あ、そうそう、上の懇談で、僕が、共産党は何年も前に、党員にSNSを活用しての党勢拡大を呼びかけて、実際に多くの共産党支持者の方々がtwitterなどで大暴れしてる。なぜ公明党はそういう取り組みを始めないのか。僕が思うに、おそらく公明党は党員を、支持者を信頼していないのだと思う。何か問題を起こしたら面倒なので、SNSを党勢拡大に活かそうとしていない、と言ったところ、よそはよそだ、うちにはうちの考えがある、みたいな、相変わらず木で鼻をくくったような返答で。

まったく相手の意見を聞こうという積極的な姿勢が見られないよね。よく、創価学会の現場で、顕正会が訪問してきたら一切相手をするな、みたいな指導性があるけど、それとまったくいっしょ。さっきも書いたけど、オグラはもう完全に未知のウイルスに冒されたヤバいヤツ、そしてたぶんもう二度と完治しない、みたいな。そういう扱いね。

何十世帯「折伏」をしたのか知らないけど、目の前の相手とまともに意見を交わそうという気がないのであれば、いくら話してもまったく意味がない。だって、人間の心を持たないロボットと話してるみたいだもん。

もしかすると、なんか余計なことをいうと、揚げ足を取られて一本取られちゃう、みたいに警戒してたのかもね。だから必要以上に心を閉ざして、これだけは申し渡さなければ、ということ以外はいっさい口にしないと決めてたというか。そんな感じもしたよね。

まあいいや。勢いでどわっと書いたけど、そんな悪い感じではないと思うので、このままアップします。

このあとちょこちょこ推敲を重ねますわ。その時間もまた楽しかったりするわけで。

この年末年始、書きたいことが山ほど溜まっているので、どんどんアップしていきますね。

乞うご期待。

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