1/3、亀戸で学生部時代の大先輩にお会いした。大学の先輩でもあり、地元でもめちゃめちゃお世話になった方で。
12/28、飲み友達の石渡浩一さんと地元の居酒屋で飲んでるときに、ふと思い出し、電話をしてみた。
そしたらすぐに出てくれて。年明けに会いましょうという話でまとまった。
ありがたいこと、このうえない。
数年ぶりにお会いした先輩は、ネズミ退治の会社の社長になってた。
そしていま、新しい会社を作っているという。
すげー。60近くなって日雇いスクールカメラマンのあたしとしては、一気に劣等感にさいなまれ。
亀戸駅北口のモツ焼きロードを歩いてて、道の端っこにあった看板の足かなんかにサンダルを引っかけ、盛大にすっころんでしまったよ。右足のひざを強打した。
その先輩は、いま壮年部で、副本部長を務めているということで。地元の王城会の方のツテで、いまSGIの同志との交流を続けているという。ドイツに何度も行っているとか。
そしてそこで驚愕の事実を知らされた。なんでも、最近、創価学会は、一気に自由の方向に舵を切り、座談会は月のいつやってもOK、つまり連綿と続いてきた“座談会週間”を廃止、そして座談会に“幹部を呼ばなくてもいい”ということに、方向転換したという。
僕の最愛の飲み友達の石渡浩一さんは、こういう重大な事実をぜんぜん伝えてくれない。
こないだ彼が青年時代の音楽隊の仲間と忘年会をやったことを聞いたんだけど、そこに同席していらっしゃった某政党の地方議員の皆様のtwitter活用方法をさぐってきてね、とお願いしてたんだけど、そういうことは一切、話題にのぼらなかったらしい。
まあ、それはいいとして。
先輩は、ひたすら、「人は人だ」ということをいう。これってあたしが地元で幹部に不平不満を申し上げたときに、「お前が頑張ればいいんだ」と言いくるめられたのと、まったく一緒だと思われ。
あたしが言ってるのは、そういうことじゃないんだよ。
「魚はアタマから腐る」っていうじゃない?
わかりやすいことでいえば、創価学会員のわれわれは、数十年前に、日顕宗を徹底的に叩いたことを忘れてしまったのでしょうか。日蓮大聖人が遺された御書にも、悪を滅しないと善は生じないよ、ってことが書いてある。
だから「人は人だよ」で済ませてちゃダメなんだよ。そのへんのダメダメな幹部は、それでいいのかもしれないけど、上のほうが腐ってたら、創価学会総体としての進路が危うくなってしまう。
まあ、公明党創価学会がクソ壺裏金自民との連立を解消し、あたしの不満の、そうだなあ、七割方は解消されたので、そろそろ組織に戻ってもいいかな、と思わないでもないんだけど、これだけ徹底的に幹部を批判し続けた“反逆者”には、戻るべき場所なんか、ないでしょうねえ。
まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。
先輩には、このブログにも転載させていただいた「友岡政弥さんの魂の叫び」をお送りして、感想を求めたんだけど、一日経っても何の反応も返ってこないね。とても残念なことなのだが。
彼はめちゃめちゃ優秀なので、学生部の頃から本部の“局員”なども務め、本部職員になった知り合いも多いはずなんだけどね。いろいろ情報をgetできるかなと思ってたんだけどな。
ま、それこそ、「人は人」だよな。あたしはあたしで残り少ない今世の使命を果たすのみ。